完全なんてどこにもない
日本の知人に今ロンドンに住んでいるというと、
「憧れの街」「素敵」「うらやましい」とポジティブなコメントをもらうことが多いです。
期間限定で、ヨーロッパに住む。
電車でパリやベルギーに行くこともできるし、
自宅から1時間もかからずに大英博物館やナショナルギャラリーに行くこともできる。
全然違う文化、気候、風習、言語、歴史を持つ街に身を置くということは、
新しい気づきや刺激をもらえそう。
そんな風にポジティブな理由で「いいな」と言われるのには私も大賛成なのですが、
時に、その裏側に「日本から脱出できていいな」というニュアンスを感じることがあります。
たしかに景気は全然良くならないし、政治は意味不明だし、ネットには少子高齢化や環境破壊、自然災害の予測など、不安を煽る記事ばかり。
「日本はこの先どうなっていくんだろう」という漠然とした、でも巨大な不安や閉塞感は確かにあって、でもどこかでみんなが「自分のせいじゃないし、自分の力じゃどうにもならない」と思っているふしもある。
だからこそ、「ロンドンで暮らしてみたい」というよりも「日本から逃げたい」という印象を受けてしまうことがあるのかもしれません。
実際、私も日本は遅れていたり足りていないことばかりで、欧米諸国の方がずっといろいろ進んでいるんだろうと思い込んでいました。
生産性が低いと揶揄されるからには、さぞや工夫して効率よく働いていて日本人より短い時間でクォリティーの高い仕事をしているんだろう。
国民のSDGsへの意識は高く、環境に配慮した取り組みが最優先で行われているんだろう。
デジタルを駆使して最先端の教育や子育て支援が行われているに違いない。
そんな風に考えていました。
でも、実際こっちに来てみて、全然そんなことはないなと感じています。
とにかく熱心に働かないし、勤勉さを感じない。
引っ越し業者からは荷解きが終わっていなくても時間になったら帰ると予告されるし、
オンラインで注文した商品はなかなか届かない。やっと配送されたと思ったら、違う部屋番号に届けられてた、なんてことも。
レジにどれだけ行列ができていても店員が焦ることもなければ、他の人も待っているからとお客が遠慮することもない(平気で「このTシャツ、色違いがないか見てきて」なんて頼んだり、クーポンを使わせろと粘ったり)。
物価上昇はひどいし、特に住宅費は上がる一方で、中流家庭が買える物件なんて全然ない(でも不動産価値は年々上昇するから海外の投資家が新しくできるマンションをどんどん買うので、イギリス人の住宅不足はいつまで経っても解消されないのだそう)。
移民の問題もかなり深刻。ブリグジットの影響で東欧など大陸からの移民は減ったけれど、非EUの移民がかなり増えたそう。
一番の社会課題は医療。
NHSという国民健康サービスはあるけれど、ブリグジットの影響で医療従事者の人手不足などがあり、治療をなかなか受けられないという問題が深刻化しています。
(何か月も待ってようやく診察を受けたら「薬局で市販薬を買って寝なさい」と言われただけ、とか)
つまり日本に限らず大なり小なり、どこにいても問題はあるということ。
それは個人も同様。
例えば高収入な旦那さんは、ひどいモラハラかもしれないし、
美人でスタイルもいいけど、生きづらさを感じているかもしれない。
成績優秀なお子さんは、勉強以外まるでポンコツかもしれない。
誰かと比べて「うらやましい」と思う時は、
相手のどれだけを知ったうえで比較しているのか、
何を見ないまま「うらやましい」と思っているか自覚することが大切だと、
私は常々考えています。
国単位でも、個人単位でも、みんなどこかしら問題を抱えていて、
いけてないところや「この先どうなっていくんだ」と不安になるところは必ずある。
でもまあこれはしょうがないかと折り合いをつけたり、
多少は我慢するかとあきらめたり、
「ちょっとずつでもどうにかしないと」とあがいていたりするはずなんです。
完全無欠のキラキラした世界なんて存在しない。
ロンドンは今日も電車は遅れるし、ゴミの分別はくちゃくちゃだし、
雨が降ったらすぐに排水管がつまって道路は巨大な水たまりだらけ。
だけど、大きくて美しい公園があり、おしゃべり好きで(少なくとも表向きは)とても親切な人がたくさんいて、ごはんがあんまり美味しくなけどまあいいか、と楽しい気持ちになれる。
日本だって、歴史があり誇るべき文化があり、美しい自然があり、
世界でも稀にみる勤勉で真面目な人が、「生産性が低い」と言われようが完璧な仕事に仕上げようと頑張っている。
完全なんてどこにもないけれど、幸せはあちこちに確かに存在している。
今自分のいる場所にどれだけ「安心」「安全」を見つけられるかが、
幸せに生きていくためのコツなんじゃないかな、と思っています。