ライターに適性のようなものがあるとしたら
昨日、たいへんめずらしく夫から、
「あなたのその人に対する共感力というか、なんにでも広く興味を持てるところは本当にすごいと思う。僕はまったく他人に興味ないから」
と褒められました(褒められたのか?)。
もともとまったく興味のなかったプレミアリーグ、子ども達がハマって自分もせっかくロンドンにいるのだからと見始めたら面白くなってきて、「PLファンタジー」という今週活躍しそうな選手を選ぶ企画(公式が運営)にも参加。
そうすると推しチームだけじゃなくて20チーム全体に興味が広がるので、推し選手も増えてきて。
そういうのが楽しいよねえ、という会話をしていた流れから出た言葉でした。
そうか、普通のことだと思っていたけれど、これってすべての人が持っている感覚じゃないんだ。
ライターという仕事は、相手に対する興味や社会に対する関心がないと務まらない。
もっと知りたい、少しでもわかりたい。
仕組みや概要を知って、その世界に触れるとっかかりがほしい。
そして心が動いたものを、だれかに知ってもらいたい。
そういう情熱が、「書く」に向かわせるのだと思います。
だれかと一緒に「すごいねえ」「そうだったんだね、知らなかったね」と言い合いたい。
知らなかったことをちょっとでも知りたい、わかりたい。
それをだれかとわかちあいたい。
編集をしていた時は、それが「企画」でした。
切り口や柱を立てて、ライターさんやデザイナーさん、カメラマンさんなどいろんな人に手伝ってもらいながら形にして届けていく。
メッセージに気づいてもらえるように、あれこれプッシュする。
そういう仕事でした。
今は、ライターとして、形にするところに直接参画することができる。
共感力や好奇心、おせっかいな性格といった、自分の特性を活かしながら。
関わり方は違うけれど、やりたいことや自分の活かし方は同じだったということですね。
書くスキルはいくらでも鍛えることができるけれど、
こういう「書く」に向けて自分をドライブさせるものは、身に着けろといわれてもなかなかできることじゃない(少なくとも夫にはできないはず)。
「こういうところがあるから、自分はこの仕事に向いている気がするのよね」という理由を自分で見つけて、握っておくことって大事ですね。
それは第三者から指摘してもらえたり、承認してもらえるとさらに強化される。
だから誰かと一緒に見つけることができれば、一生ものの宝になる。
共感力や幅広い興味関心とやらを活かして、誰かの宝物を見つけることができたらいいなと思っています。